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最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)251号 判決 1961年1月17日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村田左文の上告理由第一点について。

原審は、被上告人の妻イワエが本件不動産の管理行為については被上告人から委任を受けていたことを認めたが、不動産の売却等その処分行為についてまでは委任されず、代理権を与えられていなかつたとしたのであつて、右認定は挙示の証拠および確定せられた間接事実に照らして首肯しうるものである。所論はひつきよう右の認定を非難するに過ぎず、原判決に所論の違法はない。所論は採用できない。

同第二点について。

原判決の確定したところによれば、昭和二八年九月一九日頃訴外青木イワエは被上告人を代理して本件不動産を代金三一〇万円で上告人に売却したが、右は被上告人から売却処分の代理権を与えられていたのではなく、被上告人に全く無断でその代理名義を冒用してなしたもので、その売買契約及び所有権移転登記手続に使用された被上告人名義の印鑑証明書は、被上告人届出の実印によるものでなく、右イワエがかねてから所持した類似の印鑑を使用し、かつ偽計を用いて下附を受けた偽造のものであつたというのであり、また、被上告人は昭和一九年七月三一日前所有者たる訴外吉田庄太郎から本件不動産を買い受け、名実ともにその所有権を取得して後、昭和二六年頃までは妻や家族とともに本件家屋に居住したが、その頃から家族との間が円満を欠くようになつたのと病気療養の必要のため、昭和二七年初頃から単身飯塚市に別居することとなり、爾後家族の生活は妻イワエ名義でなす貸間営業からの収入によつて支弁されるに至つたのであるが、本件売買交渉に際して、右イワエは上告人に対し「主人は飯塚に別居し、長年の病気で動きもできず、仕送りをしてくれないので借金ができ、その整理のため売る」旨を告げたが、上告人としてはこのことを被上告人本人に確かめる処置はとらなかつた、というのである。案ずるに、たとえ所論のように、一見イワエが被上告人を代理した本件不動産を処分する権限をもつと信じさせるような事情が一方に存在していたとしても、もし上告人が本人である被上告人について不動産売却の真偽を確かめていたならば、本人にその意思のないことも、印鑑証明書が偽造にかかるものであることも知り得た筈である。そして、通常の注意力を有する者であれば、右のような事実関係を聞かされつつ三〇〇万円からの不動産を買い受けるについては、慎重に行動して、さして遠方でもない土地に別居中の本人についてたしかめるのが当然であろう。しかるに上告人はこの期待される行動を試みず、軽々にイワエに代理権があると信じてしまつたのであつて、本件の事実関係の下においては、上告人がかく信じたことにつき民法第一一〇条の正当理由ありというを得ない。この点に関する原判示に所論の違法はなく、所論各指摘はいずれも原判文の趣旨を正解しないところから生じたものである。また引用の各判例はいずれも本件の事実関係に適切でない。所論は採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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